【阪神大震災16年】母親・看護師であり続けたい 出産報告、祖母に誓い

2011年01月17日 07:00 | ニュース

神戸港震災メモリアルパーク / mah_japan

阪神・淡路大震災から16年。
町は復興しても、被災した人の心には永遠に残っています。

震災で祖母や親友を亡くした、当時小学5年生だった松浦理恵さんの話が産経新聞に掲載されていました。

「将来は人の命を守る仕事をしたい」と思い、看護師になり、そして今は母親に。
新しい命を胸に抱いた松浦さんは「祖母や親友のためにも一人前の母親、看護師であり続けたい」と決意を新たにしたそうです。

■【ずっと忘れない 阪神大震災16年】母親・看護師であり続けたい 出産報告し祖母に誓い
http://www.sankei-kansai.com/2……048212.php

阪神大震災で兵庫県淡路市(旧北淡町)の自宅が全壊し、祖母を失った看護師の松浦理恵さん(27)が9日、同市内の祖母の墓前に、長男の誕生を初めて報告した。親友も失い、「人の命を守る仕事がしたい」と考えたあの日から間もなく16年。目指した職に就き、新しい命を胸に抱いた松浦さんは「祖母や親友のためにも一人前の母親、看護師であり続けたい」と決意を新たにしていた。
 
 9日朝、理恵さんは夫の健二郎さん(28)とともに昨年2月に生まれた長男の愛錬(あれん)ちゃんを抱き、同市内の祖母の墓前に花を供え、手を合わせた。愛錬という名には「祖母のように優しい子になってほしい」との思いを込めたという。

 震災発生当日。小学5年生だった理恵さんは激しい揺れで目を覚ました。1階で就寝中だった祖母の永田里海(さとみ)さん=当時(57)=が天井のはりの下敷きとなり死亡。移った避難所では、同じバレーボール部員だった親友の死を知った。

 しばらくは突然涙が出たりすることも続いたが、両親や友人に励まされるなかで、「将来は人の命を守る仕事をしたい」と、次第に前向きにとらえることができるようになったという。

 高校卒業後、県内の看護専門学校に進学。平成17年4月から、島内の県立病院で念願の看護師として働き始めた。一昨年11月に結婚、昨年2月に愛錬ちゃんが誕生し現在は育休中だが、年内には職場復帰するつもりだ。